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東京地方裁判所 平成10年(ワ)7848号 判決 1999年5月17日

原告

ボビー・エル・マクナット

ほか一名

被告

桐生小型運送株式会社

主文

一  被告は、原告ボビー・エル・マクナットに対し、金七五五万四六二〇円及びこれに対する平成九年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告ウイルマ・ジェイ・マクナットに対し、金七五五万四六二〇円及びこれに対する平成九年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、三分の一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告ボビー・エル・マクナットに対し、金二一四八万八〇七一円及びこれに対する平成九年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告ウイルマ・ジェイ・マクナットに対し、金二一四八万八〇七一円及びこれに対する平成九年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、入隊中で在日米軍基地に所属する米国人が、飲酒して基地付近の幹線道路を横断ないし歩行中に(横断していたか、道路上を歩行していたかは争いがある。)貨物自動車に轢過されて死亡した交通事故について、その米国人の両親が、貨物自動車の保有者に対し、自賠法三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げた事実以外は争いがない。)

1  次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成九年二月三日午前二時ころ

(二) 事故現場 東京都福生市大字福生二三七〇番地先道路

(三) 加害車両 被告が保有し小林和広が運転していた普通貨物自動車(群馬一一え二二五〇)

(四) 被害者 ジョセフ・ピー・マクナット

(五) 事故態様 小林和広は、加害車両を運転して国道一六号線内回り車線を走行して事故現場にさしかかった際、前方の中央分離帯付近を歩行していた被害者に加害車両を衝突させた。

(六) 結果 被害者は、本件事故により、平成九年二月三日午前三時二一分に死亡した。

2  被告は、加害車両を保有し、自己のために運行の用に供していたから、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故により生じた損害を原告らに賠償する責任がある。

3  原告らは、被害者の父母で、かつ、相続人であり、他に相続人はいないから、ジョセフが取得した損害賠償請求権を二分の一ずつ取得した(甲一、一五)。

4  原告らは、本件損害賠償として、自賠責保険から三〇〇〇万円の支払を受けた。

二  争点

1  過失相殺

(一) 被告の主張

事故現場は、中央分離帯に区切られた四車線道路であり、片側は、基地のフェンスが続いて付近に開門ゲートもなく、基地側へ渡る歩道もない。ジョセフには、事故後の血中アルコール濃度が一ミリリットル中に三・〇ミリグラム認められる上、ジョセフは加害車両の方に歩いてきたのであって、これらの事情を総合すれば、ジョセフは、事故現場の道路を、泥酔して歩いていたというべきである。そして、本件事故当時は深夜であり、雨が降っていたことをも併せて考慮すると、ジョセフの過失は五〇パーセントを下らない。

(二) 原告らの反論

被告が過失相殺を主張するためには、被害者の過失が運転者の過失を誘発助長させたことが必要である。ところが、ジョセフには、自殺自傷の衝動はなく、加害車両の進路を妨害する積極的意図があったわけでもない。また、小林和広がタコメーターに見とれて進行方向の前方を全く見ることなく漫然と時速約六〇キロメートルで進行したことは、故意による不法行為と同視し得るものである。したがって、いずれにしても、過失相殺は認められない。

2  損害額

第三争点に対する判断

一  過失相殺(争点1)

1  前提となる事実及び証拠(甲六~一〇、乙一~一二)によれば、次の事実が認められる。

(一) 事故現場は、八王子方面(南方向)から川越方面(北方向)へ南北に走る国道一六号線(以下「本件道路」という。)上である。本件道路はアスファルト舗装された平坦な道路であり、事故現場付近は、幅員〇・七六メートルの中央分離帯を挟んで片側二車線となっている。川越方面から八王子方面に向かう車線は、東側の横田基地に接しており、幅員一メートルの路側帯を含めて車道幅員が八・一三メートルであり、その外側(東側)には幅員一メートルの歩道が存在している。八王子方面から川越方面に向かう車線は、幅員一・九五メートルの路側帯を含めた車道幅員が八・七五メートルであり、その外側(西側)に幅員四メートルの歩道が存在している。また、事故現場の東歩道上には、街路灯が存在している。なお、本件道路は、最高速度が時速五〇キロメートルに制限されており、横断禁止の規制はない。

(二) 小林和広は、平成九年二月三日午前二時ころ、本件道路を川越方面から八王子方面に向かい、中央寄りの車線を走行し、事故現場から約一〇〇メートルほど北側に存在する信号機の設置された交差点において、対面信号の赤色表示に従って停止した(停止した地点は事故現場から約一二〇メートルの地点)。この当時は小雨が降っており、加害車両はワイパーを作動させてヘッドライトを点灯させており、対向車両はなかった。その後、信号表示が変わったので、二速のギアーで発進して約六〇メートル走行し、三速にギアーをチェンジした。小林和広は、アクセルをふかしてタコメーターがレッドゾーンに入ったらギアーをチェンジするようにしており、三速にギアーをチェンジしてアクセルをふかした後は、タコメーターに気をとられ、前方を十分確認していなかった。そして、約四〇メートル走行した地点で時速は約六〇キロメートルになり、ギアーを四速にチェンジした。そこで、小林和広は、前方を見たところ、数メートル先を東西いずれの方からかは不明であるが、横断しているジョセフを発見し、急ブレーキをかけてハンドルをやや右に切ったが間に合わず、加害車両の前部をジョセフに衝突させた。なお、ジョセフは、本件事故当時、血液一ミリリットル中に三・〇ミリグラムのアルコールを保有している状態であった。

2  この認定事実に対し、被告は、ジョセフは本件道路を横断していたのではなく、酔って歩行していたと主張する。

たしかに、小林和広は、ジョセフが加害車両の方を向いて歩いてきたように認識したようであり(乙一〇、一二)、事故現場が幅員のある車道であること、ジョセフのアルコール保有状態をも併せて考えると、本件道路を横断というより、歩行していた可能性も考えられないではない。しかし、車両の接近により、横断しているジョセフが本能的にそちらを向くことは通常考えられる上、小林和広がジョセフを発見したのが衝突直前であることからすると、瞬間的な印象しか残っていないと考えるのが合理的であるといえるから(小林和広は、検察官による取調べにおいて、「発見したときは、私の方を向いてきたように見えました。」と供述しているにとどまる。)、横断ではなく道路上を歩行していたと認めるにはなお足りないというべきである。

3  1の認定事実によれば、小林和広は、発進後比較的短距離で制限速度を超過する速度まで速度を上げた上、タコメーターに気を取られて前方注視を怠ったことでジョセフの発見が遅れ、本件事故を発生させた過失がある。他方、ジョセフにも、深夜、相当程度飲酒した上で、中央分離帯のある幅員約一七メートルの道路を、夜間のライトで車両が進行してくるのが十分認識できる状況にありながら、本件道路を横断した過失がある(道路状況や、事故態様からして、飲酒がこの横断行動にある程度の影響を与えたものと推認するのが相当である。)。

この過失の内容、本件事故の態様などの事情を総合すれば(本件道路は幹線道路ではあるが、両側に歩道が存在するから、小林和広は、歩行者が横断する可能性も予測すべきであったといえるし、衝突直前までジョセフを発見していないことは重視せざるを得ない。)、本件事故に寄与したジョセフの過失を三〇パーセントとするのが相当である。

なお、原告らは、被告が過失相殺を主張するためには、被害者の過失が運転者の過失を誘発助長させたことが必要であるが、ジヨセフには、自殺自傷の衝動はなく、加害車両の進路を妨害する積極的意図があったわけでもないし、これをさておくとしても、小林和広がタコメーターに見とれて進行方向の前方を全く見ることなく漫然と時速約六〇キロメートルで進行したことは、故意による不法行為と同視し得るものであるから、いずれにしても、過失相殺は認められないと主張する。

しかし、過失相殺は、事故に寄与した当事者のそれぞれの過失に従って損害を公平に分担すべきであるとの理由に基づくものであるから、他方の過失が相手方の過失を誘発助長することまで必要とされる理由はない。また、故意による不法行為と同視できるほど一方の過失の程度が大きいときは、場合によって他方に多少の過失があったとしても、損害の公平な分担の見地からは過失相殺として斟酌しないといえる場合もないではない。しかし、小林和広の過失は、故意と同旨できるほどのものとはいえないし、ジョセフの過失の程度は、それと比較して、過失相殺として斟酌する必要のないほど小さいものとはいえないから、原告らの主張は理由がない。

二  損害額

1  葬儀埋葬関係費用(請求額一二一万五二〇〇円) 一一九万一〇〇〇円

原告らは、アメリカ合衆国に在住しており、被害者が日本で死亡したため、葬儀及び埋葬に関する費用のほかに、来日費用などで少なくとも合計一万ドルを負担した(甲一七)。

平成一一年三月一日(本件訴訟の口頭弁論終結の日)現在の為替相場では、一米ドルが一一九・一〇円であるから(弁論の全趣旨)、右の費用にこの換算率を適用すると、一一九万一〇〇〇円となる。

2  逸失利益(請求額四二七六万〇九四三円) 四一一〇万七九一五円

(一) 証拠(甲三、一七、二〇)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

ジョセフは、昭和五〇年三月一五日生まれで、アメリカ合衆国の高校を卒業した。平成八年三月にはアメリカ合衆国空軍に入隊し、本件事故当時は独身であり、平成一二年二月に軍務が満了する予定であった。ジョセフは、本件事故当時は在日米軍横田基地に所属し、基本的軍事支給額及び経費手当として、合計一万九二九九ドル六〇セントの支給を受けていた。ジョセフは、軍務終了後は、アメリカ合衆国の自宅へ戻って生活をすることになっていた。なお、一九九八年(平成一〇年)版アメリカ合衆国統計抄録によれば、平成九年三月現在で一八歳以上の男性全日労働者の平均収入は年間四万二〇七七ドルであった。

(二) この認定事実によれば、ジョセフは、本件事故当時二一歳であり、本件事故に遭わなければ、二四歳までの三年間は少なくとも年間一万九二九九ドル六〇セント(既に認定した平成一一年三月一日の為替相場の換算率によれば、二二九万八五八二円(一円未満切り捨て)となる。)、その後六七歳までの四三年間は少なくとも年間四万二〇七七ドル(右と同様に円に換算すると、五〇一万一三七〇円(一円未満切り捨て)となる。)の収入を得ることができたというべきである。そして、ジョセフの年齢、身上関係などに照らすと、生活費控除として五〇パーセントを控除するのが相当であるから、右の基礎収入及び生活費控除割合を前提に、ライプニッツ方式(係数は、当初の三年間については二・七二三二、その後の四三年間については、一七・八八〇〇-二・七二三二=一五・一五六八)により中間利息を控除しジョセフの逸失利益を算定すると、四一一〇万七九一五円(一円未満切り捨て)となる。

2,298,582×(1-0.5)×2.7232+5,011,370×(1-0.5)×15.1568=41,107,915

なお、原告は、入隊期間で残存している三年間は、生活費控除をする必要がないと主張するが、先に認定した死亡当時の収入は、ジョセフが支給を受けていた純基本給のほかに、生活に必要として受けている手当分を含むものであるから、これらの中から食費等に充当される分は存在するといえる。したがって、生活費控除をする必要がないとの原告の主張は当たらない。

3  慰謝料(請求額合計二五〇〇万円) 合計二〇〇〇万円

本件事故の態様、ジョセフの死亡に至る経過、年齢、家族関係等の事情を総合すると、慰謝料としては、ジョセフ及び原告ら固有分(原告らは互いに同額)の合計金額として二〇〇〇万円を相当と認める。

4  過失相殺、損害のてん補及び相続

1ないし3の損害合計額は六二二九万八九一五円であるから、本件事故に寄与したジョセフの過失割合である三〇パーセントに相当する金額を控除すると、過失相殺後の金額は四三六〇万九二四〇円(一円未満切り捨て)となる。

この金額から、原告らが自賠責保険から支払を受けた三〇〇〇万円を控除すると、原告らの損害額の残金は、一三六〇万九二四〇円となる。

原告らは、ジョセフが取得した損害賠償債権を各二分の一の割合で相続したのであるから、原告らが被告に対して請求することができる損害額は、各六八〇万四六二〇円となる。

5  弁護士費用(請求額合計四〇〇万円) 合計一五〇万円(各七五万円)

審理の経過、認容額、原告らが米国に居住する米国人であること(甲一七)などの一切の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、一五〇万円(各七五万円)を相当と認める。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、不法行為による損害金として、各七五五万四六二〇円と、これに対する平成九年二月三日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 山崎秀尚)

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